心に関する概念の広さ
心理学を学んでいる人は必ずぶち当たるのが,これは心理学じゃないという感覚かなと思います。
大学では,今までの心理学ではなく,学問の心理学を知っていくわけです。
自分自身も大学に入って勉強するまでと,大学に入ってからでは,心理学に対するイメージがガラリと変わりました。
どう違うのか。
まずは,自分が高校時代まで思い描いていた心理学について書いてみようと思います。
地下鉄サリン事件,阪神淡路大震災や酒鬼薔薇聖斗事件などがニュースで大きく取り上げられ,と同時に臨床心理学に注目が集まりつつある,そんな幼少時代でした。
臨床心理学と,臨床心理士に注目が集まって行った時期でした。
大きな事件や事故,震災などで人の心が傷ついてしまう,一般にPTSD(外傷後ストレス障害,急性ストレス障害を含んでいたかもしれません)とかトラウマと呼ばれる状態(症状)に心の専門家が治療にあたる(正確には治療はしないわけですが)。
医師ではなく,臨床心理士が困った人の心を修復する,そんなイメージでした。また,心の専門家なのだから,相手の心が読める,犯罪であればプロファイルでき,犯罪者を特定できるのではないかと思っていました。
今では多くの人が知っている言葉ですが,この用語の指す心の動きを把握できるのが心理士だと思っていわけです。そして,心理学はこれらの用語を説明し,最終的には相手の心を読み,場合によっては操作できるようになる,そう思っていました。
しかし,大学の授業で待っていたのは,心は読めず,操作は難しいということでした。
今でも「相手を操る」とか「心を読む」という本がありますが,その本を読んで完全に,対象者の心を読むことも操ることもできないと思います。
実際の心理学(学問)は,多少,人の心はこういう時,こうなりそうだということ,長い期間,調査・観察することで行動をある程度制御できそうだという程度を示すにだけです。
すごく経験を積んだカウンセラーさんは違うかもしれませんが,普通,心の奥を覗いたり読んだり,ましてや操作することはできないわけです。仮に出来たとしても,その手法をいまのことろ科学的に,学術的に記述できるところまでは来ていません。
そのことを知った時のショックはかなり大きかったです。
と,同時に,まだまだわからないこと,探求できる部分があること,人間は複雑だということを再認識したわけです。
さて,タイトルに戻りますが,ここまで書いてきたように,一般的な心理学(個人の思う心理学)と学術的な心理学では乖離があるわけです。ここまでで2つの心理学があるわけですが,学術的には更に増えていきます。
例えば
行動心理学
臨床心理学
性格心理学
発達心理学
などなど
人間が活動する場所に心理学あり。本当に幅が広いのです。
その分,心に関する概念も広くなります。
同じようなことでも,社会心理学ではこう言われている用語が発達心理学ではこう言われているなんてこともたまにはあります。
(このへんは,一概に同じ概念とは言い切れないことも多いのですが)
このブログではそうした広い概念の一部を書き散らしながら,少しでも心理学がやっていることを記録できればいいなと思っています。
自分の守備範囲が中心ですが,興味があれば,読んでいただければ幸いです。
長文にお付き合いいただき感謝いたします。